前記事の訂正、及び1974年最高裁決定についての(再)検討

1 この記事を書くにいたった経緯

前記事を書いたあと、たまたま図書館で借りてきていて手元にあった関東弁護士会連合会・編『外国人の人権―外国人の直面する困難の解決を目指して―』(明石書店*1をパラパラめくっていたところ、「入管身柄事件と憲法31条、33条、34条、37条」というタイトルのコラム*2が収録されていたので、「おっ」と思って読んでみた。
すると、前記事で触れた最高裁決定がこのコラムでも取り上げられており、しかもこちらでは最高裁決定の日付も明記されていた。それによれば、同決定は最決*31974.4.30集刑192-407(以下、本決定)であり、これは裁判所ウェブサイトにもアップされていることがわかった(http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=59750&hanreiKbn=02)。
 
前記事で依拠した野中・中村・高橋・高見『憲法1*4【第4版】』(有斐閣、以下『憲法1』)では日付等が明記されていなかった。そのため、本決定の詳細は不明だったが、ここで明らかになったので、本決定原文に即しつつ、前記事の改めるべきところは改めながら、本決定につき再度検討したい。なお、前記事にはこの旨、追記等を加えた。
 

2 本件の事実

ウェブサイトに記載された本決定の事件名を見ると公務執行妨害*5事件、すなわち刑事事件である。
決定本文から、おそらくは出入国管理令(現行入管法http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S26/S26SE319.html*6上の要急収容(同令43条1項)の執行に対し被告人が暴行等を加えた行為が罪に問われ、これに対し弁護人が要急収容の根拠である同令43条、39条の憲法33条等違反を主張*7したものと思われる。
 

3 本決定の内容

以下、前記事で依拠した『憲法1』の記述「最高裁決定は、要急収容は現行犯逮捕に準ずる場合であるから、そもそも令状は不要である、として上告を退けている」に相当する部分を引用する。

所論*8は、出入国管理令三九条、四三条所定の収容手続が司法官憲の令状なく身体の拘束を定めているものとして憲法三三条違反をいうが、原判決及びその維持する第一審判決の確定する事実によると、入国警備官の本件収容行為は、被収容者が同令二四条二号*9所定の強制退去事由に該当する外国人として現認されている状況のもとで、しかも、収容令書の発付をまつていては逃亡の虞があると信ずるに足りる相当の理由があるものとして、執行されたものであつて、同令所定の収容が憲法三三条にいう逮捕に当たるか否かは別として、現行犯逮捕又はこれに類するものとして、司法官憲の令状を要しないことが明らかであるから、結局、所論は、被告人の本件行為の違法性の判断に影響がない事項に関する違憲の主張に帰し、上告適法の理由に当たらない。

 

4 前記事の改めるべき部分、及び本決定の再検討

(1)

(ア) まず、「同令所定の収容が憲法三三条にいう逮捕に当たるか否かは別として」との部分に注目したい。
これによれば、本決定は、出入国管理令上の収容に憲法33条の保障が及ぶか否か(すなわち令状主義の適用があるか否か)について、明らかにしない立場をとっている。そのように留保しつつ、「仮に保障が及ぶとしても…」と続ける体裁の文章になっているのである。
前記事の脚注7で「判例も…入管法上の強制収容手続に憲法33条の保障が及ぶことを前提に考えているようである」と書いたのは誤っていたことになる。すでに前記事に追記済みであるが、この点を改める。
(イ) もっとも、現行入管法に基づき入国警備官等の行う強制収容は、逮捕等と同様に人身の自由を奪うものであり、重大な人権侵害たる性質を有するのであるから、憲法33条の保障を及ぼし令状主義の趣旨を貫徹するべきである、という私の考えは、当然ながら全く変わりはない。
 

(2)

(ア) つぎに、本決定は、もっぱら「入国警備官の本件収容行為」について「現行犯逮捕又はこれに類するものとして、司法官憲の令状を要しないことが明らか」と言っている(つまり本事件の収容の限りにおいて、現行犯逮捕又はこれに類するものに当たるとしている)のであって、前記事で私が書いたように出入国管理令上の要急収容(43条)という制度そのものを「現行犯逮捕に準ずる場合」としているのではない。
したがって、前記事3(3)の「次に、最高裁決定についてであるが」以下で述べた私の批判は、前提が誤ったものであるから、いったん撤回する(これも前記事に追記したとおりである。)*10
(イ) とはいえ、本決定の判断がこのようなものであるとしても、やはり無理があると考える。
つまり、「退去強制事由の有無は現行犯のように外観から容易に判断しうる性質のものではな」いので「要急収容は現行犯逮捕のように、嫌疑の明白性、誤認のおそれの希少性を備えているとはいえない」という、前記事で私が述べたような批判は、本決定に対するものとして、同様に妥当するのである。
「退去強制事由に該当する」というのは法的に判断される抽象的観念的な状態なのであって、「現行犯=逮捕者の目前でまさに犯罪の実行行為を行うこと」とは根本的に異なる。本件の場合で言えば、入管法24条2号(不法上陸)の強制退去事由該当という事実は、現行犯のように目の前で行われている事実とは全く異なることは明らかだろう。
すなわち、そもそも強制退去事由該当者と現行犯とは完全に異質であり、したがって、本件における「強制退去事由に該当する外国人として現認されている状況」と現行犯の状況とを同一視することはできず、「本件収容行為」が「現行犯逮捕又はこれに類するもの」とか「司法官憲の令状を要しないことが明らか」とかいったことは、言えるはずもないのである。
このように、結局、やはり本決定の判断は無理のあるものということができる。
 

5 結論

前記事において『憲法1』にある記述をもとに最高裁決定に対して述べたことはいったん撤回したものの、1974年最高裁決定が同意しがたいものである、という考えにはなんら変わりはない。

*1:同会の2012年度の定期大会におけるシンポジウムの報告書をまとめたもののようである。

*2:62-64ページ

*3:『外国人の人権』63ページは「最判」とするが、これは間違いである。

*4:ローマ数字の1

*5:刑法95条1項、「公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者」に罪が成立する。

*6:ポツダム命令としての出入国管理令は、1952年のサンフランシスコ条約発効後も法律としての効力を有するものとされた。難民条約加入に伴い、1982年、現在の名称となった。

*7:この主張が認められ、これらの規定が違憲ということになれば、その規定に基づいて行われる公務も当然に違法・無効となり、したがって公務執行妨害罪により保護されるべき適法な公務が存在せず、被告人は無罪となる。

*8:ここでは上告人(つまり、被告人)弁護士の主張のこと。

*9:「入国審査官から上陸の許可等を受けないで本邦に上陸した者」

*10:もっとも、『憲法1』の「この事件の最高裁決定は、要急収容は現行犯逮捕に準ずる場合であるから、そもそも令状は不要である、として上告を退けている」という記述は、私が前記事で書いたように出入国管理令43条の要急収容という制度が「現行犯逮捕に準ずる場合」である、と読むのが自然であって、そもそもこの記述自体が本決定の要約として誤ったものであると思う。