入管法上の強制収容制度の違憲性(追記あり)

追記:この記事を書いた後、ここで取り上げた最高裁決定が特定できました。読んでみたところ、この記事で前提としていた理解に誤りがあることが分かったので、この記事の一部を訂正しました。追記・訂正部分は、フォントを太字にしたり色を変えたりして目立つようにしてあります(脚注ではそれはできないので、脚注7と11については追記して訂正したことをここに書いておきます)。
再追記:次の記事で補足しました。
 

1.問題提起

日本国憲法第33条「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。」
https://twitter.com/yanegon/status/267255478160076800

↑ちょっくら用があって日本国憲法を読んでたらこんな条文があったんだけど、入管によるオーバーステイの人の摘発・収容って、これに違反してないの? あいつら裁判所の令状もなにもなしにいきなり自宅とかに踏み込んで人さらいしてくよ。入管法憲法より上ってことないだろうしね。
https://twitter.com/yanegon/status/267255815394709504

それとも、日本で生活してること自体「現行犯」逮捕の要件をみたすとか、そういう理屈? さすがに、まさかだよな。
https://twitter.com/yanegon/status/267255880377065472

やねごんさんが以上のように言っておられたので、ちょっと手元にある憲法の教科書(野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利『憲法*1【第4版】』(有斐閣)、以下同書とする)で調べてみた。
同書の記述に基づきツイッターでも多少応答した*2が、足りなかったり不正確だったりするところもあり、こうしてブログで補足を試みるしだいである。
 

2.問題の前提

「入管による強制収容は憲法33条に違反しないか」を検討するに当たっては、まず、前提として、入管法上の手続にも憲法33条の保障が及ぶのか、を確認する必要がある。憲法31条および33〜38条は、刑事手続を念頭に置いた規定とされているので、刑事手続以外の行政手続においてもその保障が及ぶかが問題にされることになるのである。
この点、31条*3および35条1項*4・38条1項*5については、判例が行政手続へも保障が及ぶことを認めている*6
憲法33条についても、人身を拘束し移動の自由等を奪う点で刑事手続上の逮捕等と変わるところのない行政手続には、その保障が及ぶと考えてよいだろう。すると、入管の行う強制収容は入管法に基づく行政手続であり、逮捕等と同様に人身を拘束し移動の自由等を奪うものであるから、憲法33条の保障は及ぶと解することになる。
 
同書も、入管法http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S26/S26SE319.html 39条(強制収容)、43条(要急収容)のほか麻薬等取締法上の強制入院や伝染病予防法上の強制隔離等の例を挙げ、

これらは刑事手続ではないが、身体の拘束という重大な利益にかかわるから、本条が準用されるべきである。
(同書第八章第三節四、403ページ)

としている*7
 
追記:しかし判例(最決1974.4.30集刑192-407)は、「同令所定の収容が憲法三三条にいう逮捕に当たるか否かは別として」と述べており、憲法33条の保障が及ぶか否かを留保している。
 

3.問題点の検討

(1)同書の立場

では、入管法上の強制収容は、憲法33条に違反しないのだろうか。
入管法上の強制収容は、入管の主任審査官(入管法2条11号)が発付する収容令書(同39条2項)によって行われるとされている。憲法33条の定めるように「司法官憲」(裁判官のこと)の発する令状によって行われるとは規定していないので、問題になる。
 
この点につき、同書は以下のように述べる。

三三条の最も重要な趣旨は、身体拘束の正当性が原則として事前に、裁判所により判断されるということである。行政手続の場合は、裁判所が判断するに必ずしも適しない問題もあろう。しかし、少なくとも、裁判所と同視しうるような中立性を備えた判断機関が必要である。
(同書、403ページ)

もっともであると思う。
では、入管法の手続についてはどう考えるべきなのだろうか。
その点についても、同書は検討を加えており、

不法入国者の強制収容*8は、収容令書により行うことになっており、また、要急収容の場合は、事後に速やかに収容令書を請求することになっているが、「収容令書は、入国警備官の請求により、その所属官署の主任審査官が発付する」(三九条二項)とされており、判断機関が中立的といえるかどうか疑問である。
(同書、404ページ)

と、正しく問題点を指摘している。
 

(2)判例の立場

この点について、判例の立場は微妙である。
同書は上記記述に続き、カッコ書きで判例の考えを示している。

判例は、収容は「あくまでも一つの行政処分に過ぎないのであるから、刑事手続におけるほど厳格な憲法上の制約に服せしめることを必要とするものではないことにかんがみると、収容令書の発付者が要急収容を行った者と同一官署に属したとしても、それぞれ別個の職務権限を担当する者であるかぎり、憲法三三条はもちろん、同法三一条にも違反するものとはいえない」としている〔東京高判昭和四七年四月一五日判タ*9二七九号三五九頁〕。もっとも、この事件の最高裁決定は、要急収容は現行犯逮捕に準ずる場合であるから、そもそも令状は不要である、として上告を退けている)
(同書、404ページ)

 

(3)判例の検討

まず、東京高裁の判断については、強制収容が「あくまでも一つの行政処分に過ぎない」ことを理由に「刑事手続におけるほど厳格な憲法上の制約に服せしめることを必要とするものではない」とするのは、実質を無視した抽象論理というほかない。行政処分であろうと、人権侵害となる身柄拘束である点で逮捕・勾留と全く変わらない*10以上、憲法上の制約を緩めてよい理由になるはずもない。
 
追記:上にも書いたように、この記事を書いたあと最高裁決定が特定できた。直接確かめたところ、以下の記述は前提に誤りがある(入管法上の要求収容という「制度」を「現行犯逮捕に準ずる場合」としているのではなく、「当事件における要急収容」を「現行犯逮捕又はこれに類するもの」としている)ことが分かったので、青い字になっている部分は、いったん撤回する。このあと新しい記事をアップする予定である。
再追記:新しい記事http://d.hatena.ne.jp/quagma/20121112/p1アップしました。
 
次に、最高裁決定*11についてであるが、入管法上の要急収容(43条)を「現行犯逮捕に準ずる場合」と解するのはかなり無理がある解釈である*12
 
そもそも現行犯逮捕が令状主義(憲法33条)の例外とされるのは、逮捕者の目前で犯罪が行われることにより嫌疑が明白であって、裁判官による抑制がなくとも誤った逮捕のおそれが少ないからである。
一方、要急収容は被処分者が退去強制事由に明らかに該当することを要求している*13が、退去強制事由の有無は現行犯のように外観から容易に判断しうる性質のものではない。すなわち、要急収容は現行犯逮捕のように、嫌疑の明白性、誤認のおそれの希少性を備えているとはいえない。この点で「現行犯逮捕に準ずる場合」との判断には、根拠がない。
 
また、入管法が要急収容について事後の収容令書の請求・発付を要求している(同2項・3項)ことからすれば、要急収容はむしろ緊急逮捕刑事訴訟法210条)に似た制度であって、これに準ずるものと解するのが自然である。この点からも、要急収容を「現行犯逮捕に準ずる」とすることには、無理がある。
 
もし、最高裁決定が、要急収容が現行犯逮捕に準ずることを根拠に、入管法の規定にもかかわらず事後の収容令書を要しないとする趣旨ならば、それは解釈の限度を超えて裁判所が立法を行うに等しく、司法権による立法権への許されない侵害であり、権力分立を旨とする憲法の趣旨に反するものとなる。
そして、収容後に令書の発付が要求されるのならば、結局、収容令書を発付する主任審査官の中立性の問題は避けられないことになる。
 
このように、最高裁決定の論理は、相当な無理をして入管法上の強制収容という制度を違憲判断から守ろうとするものといえる。
 

4.結論

結局、入管法上の強制収容は、刑事手続き上の逮捕等と同じく人権侵害性の強い人身拘束であるにもかかわらず、収容令書の発付と執行が同一官署に属する官吏により行われており、刑事手続上の令状と同視できるような中立的機関からのチェックという性質を備えておらず、憲法33条の趣旨に著しく反する制度である。
最高裁の判断にもかかわらず、入管法上の強制収容は、違憲の疑いの濃厚な制度であると考える。

*1:ローマ数字の1

*2:https://twitter.com/qua_gma/status/267271805352427520 https://twitter.com/qua_gma/status/267278405060411392

*3:法定手続保障

*4:住居の不可侵

*5:不利益供述の強制の禁止

*6:成田新法事件・最大判1992.7.1民集46-5-437、および川崎民商事件・最大判1972.11.22刑集26-9-554

*7:後述の判例も、引用されている部分を読む限りでは、入管法上の強制収容手続に憲法33条の保障が及ぶことを前提に考えているようである。(追記:この注の記述は誤り。)

*8:正確には、退去強制事由該当者の強制収容だろう。入管法39条1項および24条参照。

*9:雑誌「判例タイムズ」のこと

*10:どころか、期間の制限がない点で刑事手続以上に強度の人権侵害性を備える

*11:日付が示されておらず決定の原文に当たることができないが、これは、最高裁判所民事判例集民集)といった公式判例集に掲載されていないことによるのだろうか。(追記:この記事を書いたあと、本決定は特定できた。最決1974.4.30集刑192-407、裁判所ウェブサイトhttp://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=59750&hanreiKbn=02である。)

*12:なぜ最高裁が東京高裁とは異なった判断を示したのかは、東京高裁判決のように正面から入管法上の強制収容の合憲性に踏み込むことを回避するためなのではないか、と疑うことも可能であるように思われる。とすると、あの最高裁ですら、同書が指摘する上記のような問題が全く存在しない、入管法上の強制収容という制度は合憲である、と言い切ることはためらった、とも考えられるのではないか。もっとも最高裁の判断も、強制収容という制度の正当化をうまくやりおおせているとは到底いえないのはすぐ後に述べるとおりである。

*13:入管法43条1項、24条参照