散漫で断片的なマンガ感想文

ひとつひとつでは一エントリーとして成り立たないような散漫で断片的でかつ無責任なマンガ感想文をいくつかまとめて*1、今年最後の記事としたい。
 
荒川弘鋼の錬金術師』(完結)
まあおおむね楽しんで読んだんだけど、作品中にちょいちょい顔を出すマッチョ的というか、スパルタ的傾向性がどうにも苦手だった。エドワードとアルフォンス兄弟の子供の頃の、錬金術(武術も)の師匠の下での特訓の場面などは虐待にしか思えず読んでて厭な感じがしたし、ことに後半になってアームストロング少将*2とその部下の北方軍が登場するとその傾向が前面に出てきて、読むのがつらくなってきた。
 
木多康昭喧嘩商売
むせかえるようなサディズムミソジニーに読んでて嫌悪感を覚えざるを得ないのだが、ついつい単行本買って読んでしまう。そして「こんな厭なものに金を払ってしまった…」という敗北感に打ちひしがれる。それにしても、親子関係への執着ぶりは不気味(文さんの父親のエピソードと、巨体のキックボクサーが自分を養子に出した産みの両親に会いに行くエピソードにはちょっと泣いたけど)。
 
山口貴由シグルイ』(完結)
そのあまりに救いのない世界観に読んでてプチ鬱になりつつ、それでもがんばって最後まで読んだら結末も救いがなさ過ぎて厭になった。
 
尾玉なみえマコちゃんのリップクリーム
ザイアーとレンチは21世紀ののび太ドラえもんである。という思い付きを書いてみた。単行本の作りこみ具合がすごい。尾玉なみえはとてもマニアック*3
 
山岸涼子舞姫 テレプシコーラ 第2部』(完結)
もっと長く続くと思ってたら5巻で終わってしまったのはやや拍子抜け、と思っていたが、最終巻を読んで深く納得。○○○が××だというのは全ての読者がわかっていたことだが、それをあのような形で回収するとは、予想をはるかに超えていた。私は5巻の冒頭数ページを読んで「こう来たか…」と深く納得しつつも衝撃を受け、とどのつまりはボロ泣きした。複数の解釈を許す形で読者に提示しているのもにくい。私には○○○が◎◎の●に△しているとしか思えないのだが…山岸涼子に心の中で土下座。
興奮しすぎかもしれない。ひとつ文句を言うなら、「お姉マンズ」はないだろと思った。なんだこの珍妙な言葉は。まさかゲイという言葉を知らないわけじゃあるまいに…
 
田辺イエロウ結界師
端正な、エンターテイメントとしてよくできた作品。基本的に既存の少年マンガの文法を忠実になぞっていて、その意味で優等生的とも言えるのだけど、優等生の中でもかなり優秀なほうだと思う。少年マンガ的紋切り型を利用しつつ、微妙にそれとは距離を保ちつつ描いている*4。たとえば主人公は巨大な才能に恵まれた天然キャラ、という紋切り型的造形なのだが、彼が客観的にはどのような人物なのかを周囲の複数のキャラの視点から丁寧に描いており、そのことが紋切り型からのクールな距離感を生み出している(このような手法じたいは珍しくないが、周囲のキャラの「それぞれに独自のロジックで動いている感じ」がよく描けているために、特に成功している感じがする)。この紋切り型からの微妙な距離感というのは、「少年が少女を守り、少女は少年を見守る」といった少年マンガジェンダー観についてもいえる。完全に脱却しているわけではないが、ドップリ浸かりきっているわけでもない。この点はヒロインの造形および主人公との関係を見れば分かる。典型的な少年マンガのヒロインのあり方から離れきってはいないが、それとは異なり、独立した人格として魅力を感じさせるのである。このように典型的でありつつユニークである、というキャラクターのあり方は、やはり作者が関係性を丁寧に描き込んでいることから来ているように思える*5。多くの少年マンガが「さまざまなキャラクター」を出すことはできても関係性の描き方の点で平板になりがちな中で、かなりの達成を示している作品だと思う。
もう一点、つけたしみたいになるが、連載マンガとしては比較的展開に停滞感が少ない(むやみと「謎」を引っ張らない)のも好感が持てる。
 
木村紺『からん』
この作家のデビュー作は『神戸在住』という作品で、これもなかなか悪くなかったのだけれど、まさか『からん』のような作品を描くようになるとはまったく予想できなかった。とても野心的な作家であることは間違いないと思う。個人的には、いまアフタヌーンで最も面白いマンガ、と言い切ってしまいたい*6。年が明ける前にアップしたいので詳しくは書かないが、世界を重層的なものとして描き切ろうとする強い意志を感じる。

*1:まとめたからといって成り立つとも限らないが

*2:この、作品中最もマッチョなキャラが美貌の女性だというのは興味深い。

*3:複数の意味で

*4:この点を微温的、と評することもできなくはないようには思うが

*5:この点には作者自身かなり意識的だと思う。何巻かのあとがきでそのような技術論を披露していた。

*6:ヴィンランド・サガ』も『ヒストリエ』も『大きく振りかぶって』もあるのに