id:arrack に答える―A君の行為は無罪と評価できるか

id:arrack さんが、こちら( http://b.hatena.ne.jp/entry/unionbotiboti.blog26.fc2.com/blog-entry-101.html )で、
「無罪とわめいてる人は書類の書き換えをせまった行為のどこが無罪かをわかるように教えてください 」
とおっしゃっておられるので、回答を試みます。

 まず、id:arrackさんが引用する産経ニュースの記事( http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091028/crm0910282101038-n1.htm )を、以下に引用します。

逮捕容疑は8月18日、生活保護を申請していた柏原市役所の窓口で、男性職員(42)をビデオカメラで撮影しながら「画像をインターネットで公開する」と脅し、申請書類に記入された提出日の変更を強要した疑い。
 柏原署によると、長浜容疑者は8月3日に生活保護を申請し、金融機関の口座に約170万円の預金があることを理由に却下された。同14日にあらためて申請したが、再び却下されると憂慮。母親に預金全額を引き出させ、提出日を14日から18日に修正するよう強要した。


 さて、職務強要罪は、刑法95条2項に規定されています。

刑法95条
1 公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2  公務員に、ある処分をさせ、若しくはさせないため、又はその職を辞させるために、暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。

 産経記事/警察発表の主張する事実に基づいた場合、A君=「長浜容疑者」に職務強要罪の罪責を問い得るか、考えてみます。

 刑法95条2項によれば、職務強要罪が成立するための要件は、①暴行・脅迫②職務強要の目的となります。


まず、①暴行又は脅迫について見ることにします。

 このケースでは脅迫が問題となりますね。

 脅迫とは、「恐怖心を生じさせる目的で他人に害悪を告知する」ことです。

 ビデオカメラを向けつつ、「画像をインターネットで公開する」と公務員に向かって告知することが、これに該当しうるでしょうか。

 公務員が、誰に見られても恥ずかしくない職務を果たしているのであれば、このようなことを言われたからといって、「害悪を告知された」とはならないのではないのでしょうか。
また、このように言って公務員にカメラを向けることが、必ずしも「恐怖心を生じさせる目的で」行われた行為であるとも限らないでしょう。公務員が違法な行為をしないための担保を目的とした行為であるという評価が可能だと思います。

 すると、A君の行為は「恐怖心を生じさせる目的で他人に害悪を告知した」とは言えず、脅迫には当たらないという結論も十分に取りうるでしょう。



次に(仮に脅迫要件が認められるとして)、②職務強要の目的について検討します。

A君は、申請書の提出日を8月14日から18日に修正するよう強要したのであるから、市役所の職員に申請書に記入された提出日の日付を変更するという職務を強要するという目的を持っていたことが認められそうです。

 しかし、適法な処分をさせる、ないし違法な処分を是正させる目的があった場合には、本罪の成立を否定すべきである、とする説もあります(ただし判例最高裁昭和25年3月28日判決)はこれを否定)。

 この説によれば、A君が、A君に生活保護を支給するという適法な処分をさせる、ないしA君に保護支給拒否という違法な処分を是正する、という目的を持っていたと認められれば、本罪の成立は否定されることになります。

 ただ、A君が「申請書の提出日を8月14日から18日に修正する」職務を強要する目的を持っていた、という構成で起訴されているのだとしたら、実際の提出日とは異なる日付けに修正することは適法な行為とは言えないですから、この論理は成り立たないとも考えられます。

 しかし、日付の修正という微細な目的ではなく、適法な処分をさせるないし違法な処分を是正させるという大きな目的を捉えるのが、事実に即した常識的な評価と言えるでしょう。

 とすると、やはり目的要件も満たさない、という結論が可能かと思います。



 以上によれば、A君の行為は刑法95条2項の要件を満たさないとして、無罪とすることも可能だと考えます。