mojimoji氏のブログ記事に付けたブコメの補足的説明

私はid:mojimojiさんのブログの10月24日の記事につけたブックマークコメントで、「引用のコメント色々大嘘です」と書きました。
100字の字数制限の関係もあり、やや説明不足な書き方となってしまいましたので、ここでもう少し説明しようと思います。
 
当該記事のコメントは、以下のようなものでした。

検察が小沢さんを起訴するだのしないだのの話は、いちいち説明するのがバカらしいほどありえない話。小沢さんは完全シロ。以下にその理由を挙げる。

(1)政治資金規正法自体が、違反した者を刑事裁判の対象とする(つまり起訴する)法律ではない。政治資金規正法に違反した事実が、起訴の対象となる法律(たとえば独占禁止法とか)に違反した場合に当然だが初めて起訴できる。(この事実だけでも起訴がいかにめちゃくちゃなのかは十分明らかだが一応さらに説明を続ける。)

(2)実際の政治資金規正法の違反事実に目を向けると、そこには全く悪質性が認められない(当然だがそもそも違反者を起訴対象としない法律に違反した事実に、悪質性すら認められない場合どうしたら起訴になるのか)。悪質性があるという場合、何を持って悪質性があるといえるのか答えたいただきたい。違反事実は4億円が銀行口座からのものか直接のものなのかという点の記載違いであり、納入者の名義はどちらも「小沢一郎本人」である。問題ある金ならどうして小沢一郎と記載するだろうか。逆に言えば、納入者を小沢一郎を変えていないのに、振込み元を銀行と直接とで変えたとして、何のメリットがあるのか?

(3)そして当然ながら収支報告書に記載したのは「秘書」である。つまり(1)(2)(3)総合すると、そもそも違反があったとしても起訴対象としない法律で、悪質性すら認められず、さらには記載したのが小沢氏ではなく秘書という中で、なぜ小沢氏が起訴になるのか全く説明がつかないということだ。加えていえば、秘書の逮捕及び起訴も不当である。

以上挙げたような知識を、少なくとも持っていただきたい。

新たな重大疑惑ーー小沢一郎「強制起訴」の検察審査会議決は適正か!? コメント欄 #5

 
特に大きな間違いは二つです。
 
第一は、(1)の部分で、「政治資金規正法自体が、違反した者を刑事裁判の対象とする(つまり起訴する)法律ではない。」と述べている点です。
しかし、同法第六章(23〜28の3条)は違反者の罰則を定めており、当然ながら検察による違反者の起訴が予定されています*1(これはブックマークコメントでも指摘したとおりです)。
この点について当該コメントの趣旨を最大限好意的に忖度するならば、政治資金規正法違反が形式犯*2に過ぎないことを指摘しようとしているのかなあ、とも考えられなくはないような気がしないではないですが、「違反した者を刑事裁判の対象とする(つまり起訴する)法律ではない」と言ってしまっては端的に嘘になります(問題を正確に理解していたら、例えば「形式犯単独での逮捕起訴は不当」といった主張になるはず)。
したがって、その後の「政治資金規正法に違反した事実が、起訴の対象となる法律(たとえば独占禁止法とか)に違反した場合に当然だが初めて起訴できる」「そもそも違反者を起訴対象としない法律」といった記述も全部間違いです。
 
第二は、(3)の部分で、「収支報告書に記載したのは『秘書』」であって小沢氏の起訴は「全く説明がつかない」、つまり、実行行為者が小沢氏ではないから小沢氏の起訴は完全にありえない、と解される書き方をしている点です。
実際には、実行行為に直接関与していない者でも、実行に移された犯罪の共謀に参加していれば「共謀共同正犯」として処罰されうる、という判例が確立しています(すなわち、実務はこれを前提に運用されています)*3。そして、今回の陸山会事件で小沢氏が不起訴処分となり、後に起訴強制処分となった被疑事実は、政治資金規正法違反の共謀共同正犯です。秘書が虚偽の記載をした事実につき政治家が共謀共同正犯で起訴されること自体は(その実質的な当不当はさておき)、「全く説明がつかない」ことでもなんでもありません。
共謀共同正犯の処罰の可否については、たしかに学説で否定説も根強く主張されており、その意味ではこのコメントも百パーセント間違いとまでは言えないかもしれないとは思いますが、以上のような点を踏まえた書き方にはなっていませんし、少なくとも誤解を招く粗雑な記述だと考えます。
 
さらに、細かいですが見過ごせない記述がもう一点あります。
それは、(2)の部分のカッコ内の「当然だがそもそも違反者を起訴対象としない法律に違反した事実に、悪質性すら認められない場合どうしたら起訴になるのか」という記述です。
この記述は、
(ア)「行為Aはある法律に違反するが、その法律は違反者を犯罪として処罰する規定を置いていない」場合であり、かつ
(イ)「行為Aには悪質性がない」ならば、
(ウ)「行為Aにつき起訴するのは不当」
という論理構造を持っていると理解できます。
このようなことを書く人は近代刑法上の大原則である罪刑法定主義*4が分かっていません。(ア)から直ちに(ウ)を導くのが罪刑法定主義からは当然であって、(イ)のような余計な条件を付すことはこれに反するからです。罪刑法定主義が分かっていない人は、少なくとも法律論の語り手としては全く信用できません。

以上のように、このコメントは「小沢さんは完全シロ」という結論はさておき、その「理由」がめちゃくちゃなのです。えらそうに「以上挙げたような知識を、少なくとも持っていただきたい。」などと書いていますが、このコメントの書き手が法律に関する基本的な「知識」を持っていないことは、明らかです。

簡単ですが、説明は以上になります。
 
最後に、蛇足ですが、今回の「陸山会事件」に関して、私も検察審査会の二度の起訴相当議決には疑問を感じています(当該記事でも述べられているような陰謀論的な観測にうかつに乗るのは危険な気がしますが)。
そもそも違法性の小さい(というよりほとんどない)軽微な犯罪事実で逮捕・起訴すること自体が不当です。小沢氏は後ろ暗いところの多い人物とされているようですが、今回の二度の議決はそのような不確かな噂をもとに、「あの」特捜検察ですら起訴をあきらめた、ろくに証拠もない被疑事実を強引に起訴しようとするものに見えます。一般に「民主主義的」とされる検察審査会の手続きの悪い面が出たものだと思われてなりません。
 

*1:郷原信郎『検察の正義』(2009 ちくま新書)第4章107頁の記述によれば、政治家の活動が議員としての職務より政治活動中心になり、収賄罪での政治家の摘発が困難になった2000年前後から、特捜検察の政界捜査において同法の適用による摘発が多くなっていったそうです。

*2:実質犯の対義語。実質的な法益侵害(簡単に言えば「悪」)または法益侵害の危険が全く生じていなくとも、行政取締法規の命令に形式的に違反するだけで成立する犯罪。

*3:ちなみに、数年前に成立しかねなかった共謀罪というのは、犯罪が実行に移されなくとも犯罪につき共謀したという事実だけで処罰が可能となる、というもの。ひどいです。

*4:法律に規定されていなければ犯罪として処罰されることはない、という考え方。