ゼンショーによる労働委員会の救済命令無視と、それに対する罰則

労働組合の団体交渉権を侵害し、労働者としての尊厳を傷つけられたなどとして、大手牛丼チェーン「すき家」で働く仙台市のアルバイト女性(43)と、女性を支援する労働組合首都圏青年ユニオン」は13日、すき家を展開するゼンショー(東京)に計約360万円の損害賠償などを求める訴訟を東京地裁に起こした。
訴状によると、同ユニオンは2007年2月、女性の未払い残業代の支払いなどを求めて団交を申し入れたが、同社は拒否。今年7月には中央労働委員会が「団交拒否は不当労働行為」と認定したが、応じなかったという。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20101213-OYT1T00743.htm

この記事に対し、こちらでこういう場合に雇用主に対する罰則はないのか、無視しても何もお咎めなしなら労働委員会はなんのためにあるのか、という疑問が呈されている。
私も気になったので少し調べてみた。

結論を先に言うなら、罰則は存在する。しかし罰則としては軽いといっていいんじゃないかと思う。
 
上記の記事では「『団交拒否は不当労働行為』と認定した」とのみ書かれているが、実際にはそのような認定のもと、「使用者は団体交渉に応じよ」といった救済命令(労働組合法第27条の12第1項)が出されているはずである*1
そして、確定した*2救済命令に違反した場合、使用者は50万円以下の過料*3に処する、とされている(労働組合法32条後段)。すなわち、罰則は存在する。
しかし、場合によるだろうが、50万円以下の過料という罰則は軽すぎるんじゃないかという気もする。本事例に即して考えるならば、女性が求めていた残業代が50万円より遥かに多かったりする場合や、その実際上の波及効果の大きさが懸念される場合などには、悪質な使用者はあえて過料を支払ってでも救済命令に従うことを避けようとするかもしれない。
 
ちなみに、都道府県労働委員会の下した救済命令に対し、使用者は中央労働委員会に再審査の申立てをする(労働組合法第27条の15第1項)か、その取消しを求めて裁判所に訴えを提起することができる(労働組合法第27条の19第1項)*4。後者の場合には、裁判所は判決をするわけだが、その判決が救済命令の全部又は一部を支持するものであった場合、これに違反する行為をした者は1年以下の禁錮もしくは100万円以下の罰金(又はその両方)の刑*5に処される(労働組合法第28条)。
つまり、最初から救済命令を争わずにいて、それに従わなかった場合に比べて、ずっと重い罰が科されることになる。すると、やはり悪質な使用者が、あえて取消訴訟提起という適法な手段で争うよりも、最初からシカトしちゃったほうがトクなんじゃないの?と考えたりすることはないのだろうか。
 
以上、実務上、こうした例がどれほどの頻度で起こっているのか、どのように運用されているのか、などの点について全く知らないながら*6、いささか制度上疑問に感じる点がある。
 
また、実際にこのように考える悪質な使用者がそれなりにいる、とした場合、労働委員会制度はなんのためにあるのか?といった疑問は当然出てくるだろう。
ただ、仮に悪質な使用者がそれなりに存在するとしても、それがかなりの多数にのぼる、ということは、少なくとも現在の日本では考えにくい。おそらくほとんどの場合は救済命令に従っていると考えられる(さっきも述べたように実情は全く知らないが)。そして、本事例のように、救済命令に応じないような悪質な使用者に対し損害賠償を求める訴えが提起された場合、裁判所の心証は、そうした悪質な使用者に対し、はじめからかなり不利なものとなっていると思われる(だからといって必ず使用者側が敗訴するとまではいえないけれども)。
このように考えると、労働委員会制度が完全に無意味ということはないと思う。ただ、労働委員会制度はなんのためにあるのか?といった疑問は、もとより労働委員会制度が完全に無意味である、などという考えから出てくるものではなく、このような「制度の穴」を前にどうしても不条理を感じざるを得ない、といった趣旨であると考えるべきだろう。
実際、ゼンショーは救済命令を無視したのだし、訴えを提起するということはいち労働者に過ぎない原告女性にとって想像を絶する負担に違いないのだから、このような不条理感も当然である。
 
[追記]
今回のケースに即したより詳しい解説がこちら(http://d.hatena.ne.jp/ironsand/20101213/p1)にあるので、ぜひごらんいただきたい。
 

*1:労働委員会は行政委員会であり行政機関の一種(ただしこのケースにおけるように、争いごとにつき裁決を行うという司法作用類似の機能を持ち、これを指して「準司法的権能を有する」とされる)なので、これは行政による命令である。したがって、司法作用による判決ほど厳格ではない、事案の性質に対応した柔軟な命令を出すことが可能。

*2:後に書くように使用者は救済命令の取消しを求めて裁判所に訴えを提起することができる。そのための期間として30日が定められている。この期間が経過すると、もはや救済命令を争うことはできなくなる。これを確定という(労働組合法第27条の13第1項)。

*3:過料は刑罰ではなく行政罰(秩序罰)とされる。刑事訴訟法の厳格な手続きではなくより簡易な手続(非訟事件手続法160条以下)により審理されること、必ずしも行為者(現実の責任者)ではない使用者に課されるものであること、などが刑罰の場合と異なる。

*4:中央労働委員会による再審査の結果、再び救済命令が出された場合にも取消しの訴えの提起は可能。

*5:こちらは刑罰である。

*6:労働法の概説書や判例つき六法にもこれらの罰則の適用されたケースについての言及はない。