「相手を不快にする権利」は保護されるべきか、および烏賀陽弘道氏に罵倒されたこと

言論の自由*1には、相手を不快にする権利も含まれる。(1964年のアメリカ連邦最高裁裁判所判決)
11:07 PM Nov 11th webから

烏賀陽 弘道 on Twitter: "言論の自由には、相手を不快にする権利も含まれる。(1964年のアメリカ連邦最高裁裁判所判決)"

烏賀陽(うがや)弘道氏*2による、ツイッター上でのこの発言を一見して、「相手を不快にする権利」という言葉に引っかかった。そんな「権利」をわざわざ保護する必要があるのだろうか。何らかの権利行使により他人を不快にすることはいくらでもあるだろうが、それは「他人を不快にする」ことが権利として保護されるということとは異なるのではないか。
本当に「1964年のアメリカ連邦最高裁裁判所判決」がこのようなことを言っているのか(正確にこの表現で言っているのか)、知りたいと思った*3
烏賀陽氏は、別のところでこのような発言をしている*4

アメリカの最高裁判例では、名誉棄損で訴えて勝つ可能性はまずない。名誉棄損で訴えられてまず負けるのは日本だが、アメリカでは勝てない。これは立証責任が逆だから。日本では訴えられた側が「名誉棄損ではない」という証明責任を負わせられる。アメリカでは訴えた側が「名誉棄損である」と証明する責任がある。まったく真逆だ。名誉棄損であると成立させる条件はきわめてハードルが高い。これは1964年にアメリ最高裁判例で確定し、それ以後まったく動いていない。
これは「actual malice」の法理と呼ばれる。「現実の悪意」と日本語には訳されているが、これでは何のことかわからない。「相手を傷付けてやろうという憎悪に基づいた悪意があり」かつ「それが記事、出版物に実際の形に伴って表れていること」を証明しなければ、名誉毀損は成立しない。そういう意味だ。
ふつう、プロの書いた新聞などの文章で「相手を傷付けてやろういう悪意や憎悪が、形になって表れている」なんてあり得ない。これは事実上あり得ないというハードルを原告の責任に課していることであり、つまりそれほど言論の保護に裁判所が厳格。そういう意味だ。

 同じ1964年の最高裁判例の中で、ある裁判官は「合衆国憲法が保障する言論の自由の中には相手を不快にする権利も含まれる」とはっきり言っている。悪口を言うのも言論の自由だし、相手がムッとするのも言論の自由だと。言論の自由を扱うアメリカの弁護士に質問したら「ネオナチにも発言の自由はある。言論の自由はネオナチにも適用される。KKK(白人至上主義のテロ団体)にも修正一条は適用される」とはっきり言った。これはアメリカと日本の法文化の違いだろう。日本では「言論には何らかの秩序が必要だ」「相手を不快にさせてはいけない」と思っているフシがある。私はおかしいと思う。批判や対論、議論、討論は必ず相手を不快にさせる要素を含むはずだ。

SLAPP訴訟情報センター -アジア記者クラブ主催 取材報告会での講演 SLAPPとは何か?

この前半部分で言及されている1964年のアメリ最高裁判決は、ニューヨークタイムズ対サリバン事件判決(以下、サリバン事件判決とする。)*5を指していると見て間違いないだろう。
ある憲法の教科書はこの判決につき以下のように説明している。

 アメリカでは、虚偽でなければ名誉毀損罪は成立しないとされており、公職者や公的人物に対する名誉毀損については、ニューヨークタイムズ対サリバン事件で、発言者が発言が虚偽であったことを知っていたか、その真実性を全く顧慮しなかったという「現実的悪意」があったことを証明できない限り、不法行為責任を負わせることは憲法上許されないとされている(現実的悪意の法理)。日本でも少なくとも公職者や公的人物の場合には、同様の保護が認められるべきであろう。
 
ニューヨークタイムズ対サリバン事件  ニューヨークタイムズ紙に掲載された、南部における黒人の権利擁護運動支援を訴える意見広告の中の警察の対応に関する記述に虚偽があり、名誉を毀損されたとして、警察担当の市の責任者が損害賠償を求めた事例。合衆国最高裁判所は、名誉毀損表現の自由の保護を受けないとした先例を覆し、公共的事項に関する討論は広く開かれていなければならないとの原則を打ち出し、「現実的悪意」がない限り、つまり表現が虚偽であったことを知っていたか、その真実性を全く顧慮しなかった場合を除いて、公職者はその職務上の行為に対する批判に損害賠償を求めることは許されないと判断した。
                        松井茂記日本国憲法 第3版』有斐閣 462ページ

 
問題は、上記の烏賀陽氏の講演における発言のうち、本エントリーの冒頭に挙げた発言と同じことを言っているのだと思われる、第3段落冒頭の

同じ1964年の最高裁判例の中で、ある裁判官は「合衆国憲法が保障する言論の自由の中には相手を不快にする権利も含まれる」とはっきり言っている。

という部分である。
「同じ」が「1964年」に係っているのか「最高裁判例」に係っているのか曖昧なため、「言論の自由には相手を不快にする権利も含まれる」という言葉がサリバン事件判決の中にあるものなのか、それとも1964年に出された他の合衆国連邦最高裁判決のいずれかの中にあるのか、不明なのである。
 
私は、たぶん前者だと思い(というか、後者だとしたらとても調べられない)、サリバン事件判決の原文を入手できないかと考えた。ネット上で探してみたところ、複数あった。そのうちの一つが、こちらである。見ればわかるが非常に長い。私の語学力では、通して読むのはもちろん、この中に「言論の自由には相手を不快にする権利も含まれる」ということを意味する英文が含まれるか調べるだけでも、かなり骨が折れそうだ。
全文を日本語に翻訳したテキストがあればありがたいが、ネット上では見つけられなかった。仮にそのようなものがあるとしても*6、ごく専門的な書物に限られ、容易にはアクセスできなさそう。少なくとも私の住む市の図書館にはない。
原文を読むにせよ、全文翻訳を探す(存在しない可能性が高いと思う)にせよ、時間がかかりそうだ。また、烏賀陽氏がその言葉があると言っているのがサリバン事件判決なのかどうかも曖昧なのであって、もしサリバン事件でなかったら、自力で確認するのはかなり難しくなる。
 
そこで、そもそもの発言の主である烏賀陽氏に直に確認するのがいいだろうという結論に達した。烏賀陽氏もヒマではあるまいから、無視されるかもしれないとは思ったが、聞いてみて損はないだろうと考え、ツイッターのアカウントを取得し、以下のように質問した。

@hirougaya はじめまして。烏賀陽様の11月12日の以下のツイートにつきご教示いただきたいことがあり、RT差し上げます。RT 言論の自由には、相手を不快にする権利も含まれる。(1964年のアメリカ連邦最高裁裁判所判決)
3:15 PM Nov 15th webから

Twitter. It's what's happening.

@hirougaya まず「1964年のアメリカ連邦最高裁判決」とは、いわゆるサリバン事件判決を指していらっしゃるのでしょうか?仮にそうだとして、同判決のどの部分で「言論の自由には、相手を不快にする権利も含まれる」と言っているのでしょうか?
3:19 PM Nov 15th webから

Twitter. It's what's happening.

@hirougaya 同判決の全文が載っているサイトを見つけたのですが、英語読解力に限界があるため、探すのに苦労しております。突然ぶしつけだとは思いますが、どうしても知りたく思ったもので…
3:22 PM Nov 15th webから

Twitter. It's what's happening.

@hirougaya ちなみに、私ははてなアカウント(id:quagma)を持っております(ブログ http://d.hatena.ne.jp/quagma/ )。ヘイトスピーチ憲法により保護されるのか?といった点に興味を持っています。
3:36 PM Nov 15th webから

Twitter. It's what's happening.

すると、以下のような反応があった。

匿名のまま質問して「教えろ」ってどういう神経してるんだ? 人に何かしてもらうときの最低限の礼儀も知らないのか。どこの誰ともわからん人間にそこまで親切にするアホがおるかね。中学生か何か、子供かね。世の中、ここまで人間が劣化しているのか。
4:21 PM Nov 15th webから

烏賀陽 弘道 on Twitter: "匿名のまま質問して「教えろ」ってどういう神経してるんだ? 人に何かしてもらうときの最低限の礼儀も知らないのか。どこの誰ともわからん人間にそこまで親切にするアホがおるかね。中学生か何か、子供かね。世の中、ここまで人間が劣化しているのか。"

先日「君の無知に喜んでつきあうのは親と教師で最後だ」って書いたんだけど。ついでに「無知の自覚がない無知は始末が悪い」とも書いた。こういうサンプルがすぐ出てくるのがおもしろい。
4:22 PM Nov 15th webから

烏賀陽 弘道 on Twitter: "先日「君の無知に喜んでつきあうのは親と教師で最後だ」って書いたんだけど。ついでに「無知の自覚がない無知は始末が悪い」とも書いた。こういうサンプルがすぐ出てくるのがおもしろい。"

教師か親でもないのに君の無知につきあってくれる人は、底抜けに親切な人か、内心君のことを馬鹿にしている人なんだよ。どっちかわからないだろうけど。
4:25 PM Nov 15th webから

烏賀陽 弘道 on Twitter: "教師か親でもないのに君の無知につきあってくれる人は、底抜けに親切な人か、内心君のことを馬鹿にしている人なんだよ。どっちかわからないだろうけど。"

君のパパやママは君に嫌われるのが怖くて教えてくれなかったんだろうね。君はただの礼儀知らずの愚か者だよ。
4:30 PM Nov 15th webから

烏賀陽 弘道 on Twitter: "君のパパやママは君に嫌われるのが怖くて教えてくれなかったんだろうね。君はただの礼儀知らずの愚か者だよ。"

ツイッターは質問箱じゃないぞ。
5:54 PM Nov 15th webから

烏賀陽 弘道 on Twitter: "ツイッターは質問箱じゃないぞ。"

君が無知と愚かさをツイッターという公衆の面前で披露するのは構わないが、ぼくに向けないでどこかよそでやってくれ。
6:26 PM Nov 15th webから

烏賀陽 弘道 on Twitter: "君が無知と愚かさをツイッターという公衆の面前で披露するのは構わないが、ぼくに向けないでどこかよそでやってくれ。"

宛先がない(いわゆる「メンション」してない)ため、誰のことを言っているのか分からないようにしている(そのため、自分のことを言われているのかと勘違いした人が数人あったようだ)が、これらのツイートは私の質問ツイートの直後になされているから、これらが私の質問に反応してのものであることはほぼ間違いないと思う。質問者である私にだけは分かるようにしているのだ。
先に書いたように無視されるかもとは思っていたが、これほどまでの罵倒が飛んでくるとはほとんど予想外であり、かなり面食らった。
 
たしかに烏賀陽氏の立場に立てば、知らない人間、しかもさっき取ったばかりのアカウントからいきなりこのような質問をされれば警戒するだろうと思う(それを考え、捨てアカウントを用いて攻撃するつもりではないと伝えるため、このダイアリーのURLを貼ったのだが…)。また、プロのジャーナリストのところに無知な素人が突然押しかけて「あんたの専門分野について俺にレクチャーしてくれ」と言ったのだとしたら、烏賀陽氏のこのような罵倒も理解できる。
しかし、私の質問はそういう種類のものではない。丁寧さを心がけ、「ご教示ください」といった表現を用いてはいるが、実質を見れば、単に「教えろ」と言っているのではなく、烏賀陽氏の発言の検証をしたいという趣旨でなされていることは、明らかなはずだ。あるいは、丁寧さを心がけた言葉遣いが裏目に出て慇懃無礼と取られたのだろうか?
 
繰り返すが、烏賀陽氏の発言そのものに曖昧さがあるため、その発言の真偽を検証することが非常に難しくなっている。そこで私は烏賀陽氏本人にその正確な趣旨を質した。「1964年のアメリカ連邦最高裁判決とは、いわゆるサリバン事件判決を指しているのか」、と*7。私の質問がそのようなものである以上、匿名/顕名とか礼儀作法とかいった点は、問題にならないとは言わないが、二次的なものであると思う。 
これらについて問題にするとしても、ウェブ上で行われる日本語を用いたコミュニケーションにおいて、このような場合に自分の本名を名乗って質問しなければならない、という礼儀作法があるとは知らなかった。そんな私は「礼儀知らずの愚か者」なのだろうか?
 
なお、私は烏賀陽氏が私の質問に答える義務がある、とは毛頭考えていない。当然だが、烏賀陽氏には「スルーする権利」がある。自分で調べろ、とおっしゃるのならおとなしく引き下がる。ただ、少なくとも第一の質問については、答えるのは一言で済むはずである(よく知っているはずだから再度調べる必要もない。思い出せないのなら正直にそう言えばいい)。それにあえて答えないということは、自分の言葉の検証可能性を放棄することであり、ひいてはその信頼性を貶めることになりはしないか、と思う。
また、上記のような罵倒はちょっとずれてると思う。たぶん、烏賀陽氏は私の質問によって「攻撃された」とお感じになったのではないか。「無礼」「無知」「愚か」といった攻撃的な言葉をもって返されたのはそれゆえではないかと私は推測している。そのように取られる可能性をほとんどまったく考えていなかった点で、私のおつむはずいぶんと平和なのかもしれない、と少し反省した。
 
 
このような次第で、烏賀陽氏本人に確認しようという試みは脆くもついえさった。
とりあえず、サリバン事件判決の(1)原文から「合衆国憲法が保障する言論の自由の中には相手を不快にする権利も含まれる」ということを意味する部分を探してみる、(2)同判決の全文翻訳がないか探してみる、という作業をヒマなときにやってみたい。
 
[11月17日23時30分追記] 
本エントリアップ後、しばらくして烏賀陽氏に以下のように伝えた

@hirougaya 先日の件( http://tinyurl.com/3ya3b5s )につき、ブログで応答させていただきましたので、よろしければご覧ください。→ http://d.hatena.ne.jp/quagma/20101117/p1

Twitter. It's what's happening.

が、今のところ烏賀陽氏からは何の反応もないようである。
匿名云々の連続ツイートをしていたが、これは私の上の通知より前からの連続ツイートの続きであるようだから、本エントリへの応答ではないのだろう。
 

*1:合衆国憲法では、第1修正により保障されている。”Congress shall make no law respecting an establishment of religion, or prohibiting the free exercise thereof; or abridging the freedom of speech, or of the press; or the right of the people peaceably to assemble, and to petition the Government for a redress of grievances.”ちなみに日本においては憲法21条が言論・表現の自由を保障する。

*2:フリージャーナリストの烏賀陽氏がオリコンを批判する記事を書いて雑誌から取材を受けコメントしたことで(11月20日訂正)オリコンから恫喝訴訟(SLAPP)を起こされた事実は、よく知られている。

*3:このあたりの経緯については、以下参照。 http://h.hatena.ne.jp/kmizusawa/9234099147025964325 http://h.hatena.ne.jp/quagma/9234081556510069963 http://h.hatena.ne.jp/tari-G/9234099151850702082 http://h.hatena.ne.jp/quagma/9258657843874465442 http://h.hatena.ne.jp/quagma/9234099159955893907

*4:先の脚注で挙げたid:tari-G氏のご教示による。

*5:NEW YORK TIMES CO. v. SULLIVAN, 376 U.S. 254 (1964) 。http://en.wikipedia.org/wiki/New_York_Times_Co._v._Sullivan

*6:おそらく有斐閣から出ている『英米判例百選』には翻訳が載っているだろうが、判文の一部しか確認できないはず。

*7:私の第二の質問については、「楽をしよう」として発したものであることは否定できないし、ゆえに烏賀陽氏が「ムシのいいこといいやがって」と感じても無理もないとは思うが、面倒なら単に答えなければいいのだ。